DAY 17: Minakuchi - Kyo

7.23.2010





今日もいい天気だ!昨日の街道まで戻る。


水口と言う地名だけに水が豊富な街。


ひたすら歩いて湖南市に入る。地名になじみが出て来た。


おっ!今日は涼しいねぇー。歩きやすくて助かるわぁ〜:)
って、ないから!下手するとこれの倍くらいあるぞ気温。


釣りスポットなのか釣り人がたくさんいた。


草津線が通り過ぎる。


旧東海道の道しるべ。


崩れ落ちそう。


石部宿にあった東海道五十三次図。ずいぶん遠くまで来たもんだ。


寄せては返す「あら、いいですねぇ」の波。


滋賀エリアに異常に発生するこいつ。左奥にもいるのがお解りになるだろうか?
ちょっとここで紹介したいと思う。


まずはこいつがスタンダードモデル。100体くらい見かけた。
表情がなくもはや殺戮マシーンのようだ。


Black HANDモデルUNITED ARROWS 別注


スカイラブハリケーン。ちょっとはしゃぎ過ぎだw


グランドマザーモデル。てかおばあちゃん!!落ち着いて!!


キッズモデル。


ってうああああああああああああああああああああああああ!
お前後ろにいたんかい!!こえぇぇぇよ!!


近江富士が見えます。日本昔ばなしみたいな山。


手ハラベンチ。特に座りたくありません。


雲間から光が。。


ついに草津に入った!


草津宿の本陣。


色とりどりの花火。


えふえむ草津。お洒落!


こういう商店街は関西の専売特許。いいわぁ。


比叡山に沈む夕日。美しすぎて日が完全に沈むまで見てしまった。
そして徹夜で歩いて明け方に京に入る事を決める。


京に入る前に身を清めようとスーパー銭湯に。そして23時再出発。


ぐるっと琵琶湖の一番南まで降りて来た。唐橋を渡る。


しんとした湖面。


なかなか情緒ある街並。大津宿はもうすぐ。


53次目、大津宿に入る。見覚えのある景色。ついに来た。


せっかくなので浜大津の方も寄ってみた。琵琶湖は穏やかだ。


浜大津の駅も奇麗。


さぁこの峠を越えて京に入るぞ!


車は多いが人は一人もいない。。。


数匹の野犬がいきなり来てビビった。夜の山はさすがにこわい。


ついに!!ついにキタ!


一つ目の峠を越えて山科の街が見えた。


午前4時、山科駅前通過。かかとが凄く痛い。あと少しだ。もってくれ!


最後の山、東山。これを超えれば三条だ。


かかとを引きづりながら登る。結構急傾斜です。


焦らずゆっくり下る。もうすぐや。


三条大橋の文字。どれほどこの文字を待ち望んだろう。。


歩いた事があるよ。東山の街。


もうすぐ日が昇る。ご来光は三条大橋で望みたい。


京都の景観はやはり凄い。


!!!!
あの奥に見えるのは!


日本橋を出て17日目。その距離500km。ついに着いた。


そして最も見慣れた景色だという不思議な感じ。


擬宝珠も麗しく。


あぁ。。。着いたんだなぁ。。


後ろを向けばご来光が。


鴨川の流れは穏やか。こちらは北側。


こちらは南側。川縁では寝てる人。


三条大橋を渡ると弥次喜多の像が。


途中膝の検査で一度引き返したものの、なんとか無事たどりつく事ができました。
その想像を超えた距離に、何度も諦めそうになったけど、
駆けつけてくれた友人や、フォロワーの皆さんの応援がとても力になりました。
こんな場所ですがお礼を言わせてください。ありがとうございました。

できるだけ旧街道を歩きたかったのでgoogle mapを250枚出力して歩きました。
文献はもとより、インターネットの様々な情報がとても助かりました。
同じように誰かが次、東海道の旅に出た時にこの記録が少しでも助けになれば嬉しく思います。

痛い、暑い、喉が乾いた、空が奇麗。単純な思考回路が頭を巡る。
いつの間にか小器用に生きれるようになってしまった自分に、器用が通用しない身体の限界。
自分の存在の小ささを感じながらも、世界の広さにまた希望をもったり。
小さな一歩でも積み重ねると東京から大阪までの距離になるという事実。
そして歩いた人にしかわからない空気感。それを感じれた事がとても嬉しい。
全ての場所を鮮明に覚えている。そこに生きる街。そして人。
当然ながら世の中には知らない事がいっぱいで。だから面白くて。
この旅でほんの少しでも触れる事ができたろうか?

20代最後の挑戦は終わった。
ゴールした時にはもう二度とやりたくないと思ってたけど。
いつかまたやりそうな気がする。

だから、またその日まで。


2010年7月23日
櫻井 優樹